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大阪高等裁判所 昭和36年(う)1392号 判決

控訴人 被告人 数瀬保治

弁護人 土田吉清

検察官 山根正

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役三月に処し二年間その執行を猶予する。

押収にかかる刃物一個(昭和三六年押第四〇八号)を没収する。

原審の訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴趣意は記録にある弁護人土田吉清作成の控訴趣意書、同補充書記載のとおりであるからこれを引用する。

論旨第二について。

原判決は判示第二において被告人が判示兇器を今堀金次郎の腰のあたりに突き付け、同人の身体に危害を加えるべき態度をし、よつて兇器を示して脅迫した事実を認定し、これが暴力行為等処罰に関する法律第一条第一項中兇器を示して刑法第二二二条の罪を犯した者に該当するとして被告人を処罰していることは判文上明らかであり、右法令の適用が正当であることに異論の余地はない。論旨は理由がない。

同第三、同補充書の論旨について、

〈1〉銃砲刀剣類等所持取締法第二二条のあいくちに類似する刃物とは、その作り及び性能または用途においてあいくちと類似し、容易にこれを隠して携帯することができ、かつ、社会通念上人の身体を損傷する用に供される危険性があるものと解すべく、原審の鑑定人中島新一郎作成の鑑定書、被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書、押収されている刃物(昭和三六年押第一八四号)を総合すると、判示「たんば」と称する刃物は、塗装職人が塗装の際使うバテをはがす竹又は木で作つたへらを削るのに使用するもので、鋼材による刃渡り一八、五センチの片刃で、刃身と刃先は約六〇度の角度となつており、刃身も刃先も焼入れが施された刃がついており、白木の柄によつて支えられ、柄とさやとの間につばはなく、人を損傷するに足り、かつ、容易に隠して携帯でき、その性能、形状において、あいくち類似の刃物に該当することが明らかである。〈2〉次に被告人は原審公判廷において冒頭陳述の際右刃物は翌日の仕事に使用するために携帯していたと陳述し、弁護人提出の弁護要旨書によると、翌日職場で使用するため親方のもとから自宅へ持ち帰る目的で携帯していたものである旨が記載されており、当審証人吉井勝治は被告人を塗装職人として雇つており、被告人の仕事着と「たんば」を預つていたのを、判示昭和三五年一二月五日の翌日被告人が単身で千里山の現場に仕事に行くことになつていたので、判示当日その現場の地名を尋ねかたがた受取りに来て、「たんば」だけを持つて帰り、その途中判示パチンコ屋に立ち寄つたのである旨を証言しているが、被告人の司法警察員に対する供述調書によると、被告人は昭和三三年七月頃父の世話で石渡という親方のもとでペンキ職をし、六ケ月後そこをやめて次々とペンキ屋をまわり、昭和三五年一一月頃から心斎橋の方にある林という人のもとでペンキ職の仕事をし、判示一二月五日の前日から仕事がなくなつたので、一二月五日当日は、大阪の方に仕事に出るには阪急宝塚線の服部駅に出るのが便利なので同所で自転車を預かるところがあるかをさがすために午後二時頃家を出て、服部駅前の自転車預り所で一ケ月の預り賃を尋ねた後、阪急三国駅前巡査派出所の隣りのペンキ屋に立ち寄つて仕事の有無を尋ね、崇禅寺の河原という友人を訪ねたが留守であつたのでパチンコで遊ぼうと淡路駅へ出て、二軒のパチンコ屋に入り、酒屋でウイスキーを飲み更に判示パチンコ屋に行つた。判示「たんば」はズボンの後ポケツトに入つていたのを当日必要はなかつたのにそのまま持つて歩いたとなつており、吉井親方のことには全然言及されてないこと、被告人は当審において千里山の現場には吉井も行くことになつていたと供述し、右吉井証言とくいちがつていること、原審において吉井を証人として取調の請求がなされていないこと等からみて、右吉井証言は信用性が乏しく、被告人の判示「たんば」の携帯は所論のように翌日の塗装業務に使用する目的によるものであつたとは認められない。又かりにその目的によるものであつたとしても、酒屋で酒を飲んだり、パチンコ遊戯のためにパチンコ屋に立ち入るに際し、これを携帯することが、業務その他正当の理由によるものであるということはとうていできないし、被告人に不法携帯の故意がなかつたとすることはいえない。論旨は理由がない。

論旨第一及び量刑不当の点について。

論旨第一は量刑不当に帰するが、被告人が本件「たんば」を携帯したのはたまたまズボンに入れてあつたことによるのであること、判示パチンコ店において遊戯に負けて立腹して機械のガラスをたたいて破壊し、これをとがめられてたまたま携帯していた「たんば」を店員今堀金次郎に突き付けたのは、空腹に飲んだ酒の勢にかられた偶発的なものであること、本件による被害は比較的軽微であること、被告人は前科なく、再犯のおそれはないこと等記録に現われた諸般の事情によると、被告人を実刑に処した原判決の量刑は相当を欠くと考えられ、その点に関する論旨は理由があるから、刑事訴訟法第三九七条、第三八一条、第四〇〇条但書に従い原判決を破棄し、原判決認定の事実、没収及び訴訟費用負担について原判示法令(各懲役刑選択)のほか、刑の執行猶予について刑法務二五条第一項を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松村寿伝夫 裁判官 小川武夫 裁判官 若木忠義)

(別紙)

「たんば」と称する刃物 略図〈省略〉

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